2022.04.13

暮らす

札幌・三角山のクマ…母とはぐれた子はどうなるの?クマの親子と“人”の関係

全道で相次ぐ、クマのニュース。私、Sitakke編集部IKUは、子どもの頃から動物が好きで、クマ出没のニュースを見るたびに、「駆除はかわいそう…山に帰ってほしい…」と思っていました。

でも…報道記者になって、実際に現場を取材したとき、「かわいそう」と思うだけでは、人にとってもクマにとっても悲しい事故が絶えないことを学びました。

もっと取材を続けると…見えてきたのは、「人もクマもお互いを傷つけず、いい距離を保つ方法がある」ということです。そのために必要なのは、行政や専門家だけでなく、「みんな」の協力でした。

事故を防ぐために何に気をつけたらいいのか、何をしたらいいのか…「住民ひとり一人」の目線で考える、連載を始めます。

“三角山のクマ”から考える…クマの子育て事情と私たちの暮らし

3月31日、札幌市西区の三角山で、札幌市の委託を受けてクマの巣穴を調べていた男性2人が、クマに攻撃され、けがをしました。クマは体長2メートルほどで、すぐに逃げましたが、翌朝の市と警察の調査では、巣穴から子グマ2頭が見つかっています

札幌市は、逃げたクマは母親で、攻撃は「子どもを守るためだった」とみています。センサーカメラを設置して監視を続けていますが、4月13日16時半現在まで、親グマは戻っていません。

残された子グマ2頭は、どうなってしまうのか…。住宅地のすぐそばでクマが暮らしていることを、どう受け止めればいいのか…。専門家に聞きました。

ヒグマの子育て

子グマ2頭が見つかった、巣穴です。

撮影:札幌市

札幌市円山動物園によると、ヒグマは、1月下旬から2月上旬ごろに子どもを産みます。その後、穴の中で少なくとも3か月間、4月下旬から5月上旬までは、母乳だけで子育てをするといいます。

“冬眠”というと、ずっと眠っているようなイメージですが、母グマはまどろんだような状態で授乳をしていて、何か外敵が近づいたらすぐに動けるくらいの意識はあるそうです。子グマは冬眠せずに、母乳を飲んだり、穴の中で動き回って筋力をつけたりします。

穴から出るのは、子グマが5キロほどの体重に育ち、母グマに十分ついて歩けるようになってから。子育てには、オスは参加しません。母子が一緒に過ごす時間は、母グマの経験や子グマの成長度合いによって変わりますが、子グマが1歳半から2歳半になる頃までだといいます。
(ヒグマの生態についてもっと知りたい方はこちら→ https://sitakke.jp/post/2692/

札幌市によると、三角山の穴の中にいた子グマ2頭は、体長30センチから40センチほどで、この冬に生まれたばかりとみられています。30センチというと、A4サイズの紙の長辺と同じくらい。まだ母乳が必要な、独り立ちとはほど遠い時期に母親と離れてしまったことになります。子グマたちは、どうなるのでしょうか。

知床で目撃されてきた、母を失った子グマたち

知床半島

世界遺産・知床の自然を「知り、守り、伝える」活動をしている公益財団法人・知床財団。長年、クマの管理対策に取り組んできた、葛西真輔さんにお話を聞きました。

葛西さんは、このまま母親が戻ってこなかったとすれば、0歳の子グマが生き残ることは、とても難しいと話します。

知床財団ではこれまでに、母親を失った子グマを、何度か見てきました。

去年5月には、母親とはぐれてしまった0歳の子グマ2頭が目撃されました。知床財団は人が近づかないよう遠くから見守っていましたが、日没まで、母親は戻ってきませんでした。翌日、車の行き交う道路脇に移動していた2頭を見つけ、1頭は、母親と再会できる可能性のある、母親の行動圏の森林に放したといいます。もう1頭は、死亡してしまっていました。

三角山の2頭は、さらに生まれてまもない、まだ穴から出たこともない時期。札幌市は駆除する予定はないとしていますが、今も穴の中で生きているのか、何日間生きていられるかは、暗い見通しです。

母親が戻らないか、センサーカメラで監視している(三角山・札幌市撮影)

たとえ、生き残ったとしても、住宅地のすぐそばでは、人との間でリスクがあります。

2019年5月、知床国立公園で、まだ小さなクマが頻繁に目撃されていました。DNA分析の結果、前の年の11月に、母親を失った子どもであることがわかりました。その母親は「MK」と呼ばれていて、命を落とした要因は、「人との距離」 でした。

MKと0歳の子ども(2018年・知床財団活動報告BLOGより)

「MK」は2018年、たびたび道路脇で目撃されていて、5月末には、屋外に置かれた生ゴミを食べていました。生ゴミなど、人の食べ物の味を覚えてしまうと、積極的に人に近づこうとするようになってしまう可能性があります。

知床財団では、ヒグマは豊かな自然の一員で、知床の象徴だと考えています。そのため、「クマが近くで暮らしていてもいいよね」と地域の人たちが思えるように、クマの生活と人の安全の両立を試行錯誤しています。

人に危険がある場合など、駆除を選ぶこともありますが、人の行動が原因でクマが“問題個体”になってしまったときは、やりきれない想いを感じるといいます。MKの様子を見続けることにしましたが、11月、MKは市街地に侵入。国立公園の中の道路で、車2台に突進しました。

2018年6月、MKが人を攻撃する様子はなかったが、人がMKに接近し、人慣れが心配された(知床財団Facebookより)

人を攻撃する、「問題個体」になってしまったMK。やむを得ず、駆除という判断になりました。MKの0歳の子どもは、その時点では生ゴミを食べたり人につきまとったりする様子はなかったため、捕獲しませんでした。

秋までは母親と山や川を歩き、生きる術を学んでいた子グマ。独りで命をつなぎ、冬を越したのです。

しかし、姿を見せた5月は、連休で観光客が増える時期でもあります。渋滞が起きるほど、子グマを見ようとする観光客が押し寄せてしまいました。さらに、捨てられていた紙ゴミを食べる様子も目撃されたのです。

ヒグマ渋滞(2018年・知床財団活動報告BLOGより)

人に慣れ、生ゴミの味を覚えてしまったことで、命を落としたMK。その子どもが生き延びても、人が行動を変えないことで、「クマの命にも、人の命にもリスクがある状況」を、また作りだしてしまう…。知床財団は、そうした 「人に対する」クマ対策に、長年苦労しています。

「こわい」?「かわいそう」?

独りで生きるのは難しいと聞けば、三角山で母親に取り残された子グマ2頭を、「かわいそう」と思う人もいるかもしれません。一方で、人がけがをしたというニュースに衝撃を受け、「こわい、駆除してほしい」と思う人もいるかもしれません。

葛西さんは、そのどちらかで議論するのではなく、「一歩引いて考えるべき」と指摘します。

三角山(3月31日撮影)

三角山は札幌の中心部からも近く、高さ311メートルの小さな山。手軽さから、地元の小学生の遠足やトレッキングのコースとして親しまれています。すぐ近くには、住宅街が広がる場所です。

登山客や、近くに住む人は、「三角山はクマがいないって聞いていた」「車から降りて家に入るまでの間だけでも、クマがいないかってすごく心配している」と、驚きと不安を見せていました。

葛西さんは、「子グマのことだけを考えたら、生き残れたら…と願う気持ちになるかもしれません。でも、一歩引いて考えてみたら、これだけ人との距離が近く、フェンスもないような場所で、共存はできないのでは」と問いかけます。考えてほしいのは、「住み分け」だと話していました。

知床では、市街地周辺を柵で囲い、クマが山から入ってこないように電気を通しています。ただ、市街地に入ってしまったクマが自然に出て行くケースも考えて、柵の市街地側には電気を通さず、クマが登って山へ帰れるようにするなど、工夫をしています。それでも、100%ではありません。地元市町村である斜里町では、市街地に入った場合には駆除も含めた迅速な対応をとる体制を取っています。

柵に沿って山側に引かれた白い線に電気を通している(2018年撮影)

クマの命も、人の命も守るためには、前もっての“まちづくり”からの工夫と、そのときどきで対応できる人材…そして、クマを問題個体にしないための地域住民の協力が必要なのです。

好奇心の強い若いクマが住宅地に迷い込んだり、オスを避けた母と子が住宅地に逃げてきたり…そうしたケースは、道内でもここ数年で何度もありました。さらに今回、クマが巣穴を作って「住宅地のそばで暮らしていた」ことからは、 「クマと人の住む場所の境界線」が、人が思っていたよりも近づいてきてしまっていたことがわかります。

去年、札幌市東区に出没したクマ。人に見つからずに移動できる川を伝って、住宅地に迷い込んだと見られている

境界線が曖昧になった理由は、人間社会と密接に関係しています。人口が減り、畑が減ったことで、クマから見たら山からすぐに住宅地に移動できるようになっていたり…クマを見ようと近づいたり、ゴミを外に捨てたりして、MKのように人慣れした“問題個体”にしてしまったり…。

反対に考えると、クマ対策は、「人」がカギを握っています

人がけがをして、子グマの命が危ぶまれる…今は、人にとってもクマにとっても、悲しい状況ではないでしょうか。これ以上、人もクマも傷つかないためには、まずは 「クマを見かけても絶対に近づかないこと」「ゴミの始末に気をつけること」 が必要です。

そして、「かわいそう」「こわい」と問題意識や危機感を持つのも大切なことですが、「でも、どうしたらいいかはわからない…」で終わらずに、「自分の住むまちでは、どこまでは自然がほしくて、どこからはクマに来てほしくないのか」「その境界線はどうやって作ったらいいのか」… 地域の人と話し、考えてみませんか。

保護か駆除かの2択では語れない、クマの話。Sitakkeでは、「もしもクマに会ったら?」「なぜクマが住宅地に来てしまうの?」など、暮らしにまつわるクマの情報を、継続的にお伝えしています。今後も「境界線の作り方」などを取材していくので、ぜひ、一緒に考えてみてくださいね。

*Sitakkeクマ関連記事一覧:https://sitakke.jp/tag/237/

*掲載の情報は取材時点(2022年4月13日)の情報に基づきます。
知床財団の最新情報はBLOG( https://www.shiretoko.or.jp/report )やFacebook( https://www.facebook.com/BearSafetyShiretoko/ )でご確認ください。

文:Sitakke編集部IKU
2018年HBC入社、報道部に配属。その夏、島牧村の住宅地にクマが出没した騒動をきっかけに、クマを主軸に取材を続ける。去年夏、Sitakke編集部に異動。ニュースに詰まった「暮らしのヒント」にフォーカスした情報を中心に発信しています

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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