2021.12.23

食べる

ザンギ発祥をめぐる 函館と釧路のおいしい攻防。

本州の人々にどれだけ通じるかわからないが、函館市民にとって『ザンギ』という固有名詞は日用単語であり、誰に聞いてもそれが何を示すものなのかすぐにわかる。いまさら説明は野暮だが、ザンギとは下味をつけた鶏肉を揚げた料理のことで、そのルーツは中国にある。そしてザンギを知る多くの人々が、明確な根拠はないにせよ、この料理を北海道発祥のものだと認識しており、中でも明治以降に中華料理の文化がいち早く根付いた函館を発祥地とする説はこの街で長らく語られてきた。

その根拠とされる存在が、1937(昭和12)年に大門・柳小路で創業した中華料理店『陶陶亭(とうとうてい)』だ。古代中国風の絢爛豪華な設えは当時の市民の度肝をぬき、北海道で初めて水銀灯とスチーム暖房を導入した飲食店ともいわれている。
当然、それ以前の時代にも函館には大小含め中華料理の店は数多く存在し、いわゆる「鶏の唐揚げ」を指す料理は提供されていた。しかし、その料理に「ザンギ」と名付けて提供していた最初の店が陶陶亭なのではないかという推測が、函館発祥説のいわれである。

函館ザンギ発祥説のいわれとされる『陶陶亭』。1989(平成元)年まで営業していた。

その陶陶亭の総料理長を務めた王鴻吉の弟子筋にあたる『光春』(神山町・閉店)の店主・平田武さんは、陶陶亭時代の献立を克明にノートに記録しており、店でも「ヨンザンギ」の名前で骨なし鶏の唐揚げを提供していた。平田さんはかつての弊誌の取材の際、「材料は鶏ももと塩、胡椒、卵白、片栗粉のみ。中華料理の中で最もシンプルで最も難しい料理」と語っている。

『光春』で提供されていたヨンザンギ。店主・平田さんの話によれば、 陶陶亭では山椒塩と中華風ドレッシングを添えて提供していたそうだ。

また大門で人気を博した『星龍軒』(若松町・閉店)の店主・佐々木由了さんの父であり先代の松次郎の師匠も王鴻吉。こちらの店もまた、父の時代から店を閉めるまで、陶陶亭から受け継いだレシピでザンギを提供していた。ザンギ発祥の店とされる陶陶亭と王鴻吉。その王のもとで腕を磨いた弟子達がザンギ文化を函館に広め、そして残してきた。その事実こそあれど、発祥の根拠にはいまだ至っていない。

『陶陶亭』出身の佐々木松次郎のレシピを継いだ『星龍軒』のザンギ。

では現時点で「ザンギ」という名称の発祥元で最も有力視されているのがどこかといえば、釧路だ。
戦前までは高級食材とされていた鶏肉だが、戦後にブロイラー(食肉用若鶏)がアメリカから輸入されるようになってからは日常食となり、大衆的な飲食店でもブロイラーをつかった料理が提供されるようになった。
その普及期の1960(昭和35)年に釧路市内のネオン街で開業した焼鳥屋『鳥松』が、ブロイラーを使った骨なし・骨ありの鶏唐揚げをザンギの名で売り始めた。これが大当たりしたことで、ザンギは釧路出身者にとってのソウルフードへと発展していく。

こちらも函館では古くから提供されている『あじさい』のザンギ。巨大なサイズが特徴。

こちらもその事実こそあるが、発祥を示す明確な根拠は存在しない。ただ近年のメディアを見てみると「鳥松が発祥でほぼ間違いなし」という論調で定着している。
よほど確証性のある資料等が出てこない限り、この「函館か?釧路か?」の論争に終わりはないだろう。思うことはただ一つ。長年慣れ親しんだこの料理が、絶滅することなく未来永劫残ってほしいということだ。

peeps hakodate

函館の新しい「好き」が見つかるローカルマガジン。 いまだ開港都市としての名残を色濃く漂わせる函館という街の文化を題材に、その背後にいる人々を主人公に据えた月刊のローカルマガジン。 毎号「読み物であること」にこだわり、読み手の本棚にずっと残り続ける本を目指して編集・制作しています。(無料雑誌・月刊/毎月10日発行)

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