
宍戸さんは「『明るい未来のエネルギー』というのを見ながら高校時代は過ごしていた。うちの高校のだいぶ前の先輩がその標語を作った」と振り返ります。
原発のすぐそばで生まれ育った宍戸さんですが、そのとき抱いていた不安もセリフに盛り込みました。
「原子力って原爆と同じものなんでしょ?危なくないんだべか?」
「原爆と原発は違うべ」
「~んだけども…」
劇の中では、当時の複雑な心情も語られます。
しかし…
「おばあちゃん?なにこれ…揺れてる?地震?」

役者の叫びとともに、日常は一変しました。
安全だと信じていた原発が水素爆発を起こしたのです。
宍戸さんはそのときの衝撃について「富岡町に両親とおばが残っていて、私の住んでいる伊達市まで避難させて。電気がついて慌ててテレビとかパソコンをつないでいるときに、爆発映像が入ってきて」と語ります。
「あんた、この責任をどう取るつもりだよ?俺たちは死ぬかもしれないんだぞ」
劇中のこのセリフ。
あの日の怒り、混乱は、宍戸さんが一番こだわったシーンです。

「もう長くねぇ身だ。死ぬならあの家で死にたい」
役者は震える声で演じます。
■ 開店から1時間でまだ行列!「テンション上がる」ラーメンじゃない札幌の超人気店
パートナーメディア