2026.03.22

深める

忘れない、より大切なこと「死ぬならあの家で…」希望が一変したあの日を伝え続ける

安全だと信じていた日々が終わったとき

宍戸さんは「『明るい未来のエネルギー』というのを見ながら高校時代は過ごしていた。うちの高校のだいぶ前の先輩がその標語を作った」と振り返ります。

原発のすぐそばで生まれ育った宍戸さんですが、そのとき抱いていた不安もセリフに盛り込みました。

「原子力って原爆と同じものなんでしょ?危なくないんだべか?」

「原爆と原発は違うべ」

「~んだけども…」

劇の中では、当時の複雑な心情も語られます。
しかし…

「おばあちゃん?なにこれ…揺れてる?地震?」

役者の叫びとともに、日常は一変しました。
安全だと信じていた原発が水素爆発を起こしたのです。

宍戸さんはそのときの衝撃について「富岡町に両親とおばが残っていて、私の住んでいる伊達市まで避難させて。電気がついて慌ててテレビとかパソコンをつないでいるときに、爆発映像が入ってきて」と語ります。

「あんた、この責任をどう取るつもりだよ?俺たちは死ぬかもしれないんだぞ」

劇中のこのセリフ。
あの日の怒り、混乱は、宍戸さんが一番こだわったシーンです。

「もう長くねぇ身だ。死ぬならあの家で死にたい」

役者は震える声で演じます。

HBC報道部

毎日の取材で「気になるニュース」や「見過ごせない事案」を、記者が自分の目線で深掘り取材し、「ニュース特集」や「ドキュメンタリー」を作っています。また、今日ドキッ!の人気コーナー「もうひとホリ」「もんすけ調査隊」も制作しています。最近は放送にとどまらず、デジタル記事、ドキュメンタリー映画、書籍など、多くのメディアで展開して、できるだけたくさんの人に見てもらえるよう心掛けています。北海道で最初に誕生した民間放送の報道部です。

https://www.hbc.co.jp/news/

この記事のキーワードはこちら

SNSでシェアする

  • X
  • facebook
  • line

編集部ひと押し

あなたへおすすめ

エリアで記事を探す

FOLLOW US

  • X