2026.02.24
深めるさて、「結有花さん大好き田舎者」さん(ペンネーム、突如のフル呼び。笑)。
あなたは今、大変なムカっぱらをかつての親友さんに立てていらっしゃることでしょう。
芯からの怒りというのは、消し炭になるまではおさまることの難しい代物です。
だからその炎、無理に消すことはない。
今はとりあえず、相手に対して好きなだけ怒ったらいい。あたしはそう思う。
なんだけど。
怒ってばかりいるのは、人間疲れるもんですよね。
なので「ちょっともう怒るのしんどいかも。別のことがしたい…」と思えるぐらいのメンタルの余裕が出てきたならば。
あなたには次の3つのことに、ぜひ取り組んでもらえればと思います。

何か人間関係で他者との揉め事があったときに、「どちらに非があるのか」や「何が原因だったのか」を深部までこまごまと特定したり、相手の気持ちを聞き出してから今後のあり方を決めようとするのは、他責につながりやすいがゆえに、仕事などの場合でなければ基本的に悪手。
それよりも、 今自分自身が相手とどうしていきたいか、どうなりたいか(決別したいとか、仲直りしたいとか。「気楽に付き合えるぐらいの熱量で関係を続けたい」とかもアリ) と、自分軸で物事と向き合うとまず楽になりますし、今後具体的にどうするべきかがそこからだんだんハッキリと見えてきます。
決別し、相手のことを忘れていくと決めたなら、そのためにできることを。
これからも友だちでいたいと願うなら、そこに向かう礎となりうるような行動を取ってみましょう。
その際、相手への期待や願いは棚上げにするのが吉。
「自分で決められる範囲の話だし、自分自身がこうするとスッキリするから」という基準で、様々なアプローチを行なってみてください(あたしの場合、自分の言葉で自分の伝えたいことを表現できるし、最終的に相手に返答などの自由を委ねられるという意味で、直筆の手紙をしたためるというのは、仲直りしたい相手に対してよくやってきました)。
なんて冷たいことを言うんだ!と反感を買うかもしれませんが、これも大事。
仲が深まって距離が近くなるほど、人は他者に過度な期待や依存をするし、そのせいで相手の予想外の行為をときに裏切りと受け取り、不必要に傷ついたりもします。
仏教用語の「諦観」ではありませんが、自分と相手の違い(性格や環境、ライフステージの異なりなど)をありのままに見定め、受け止める。
そこから自分で自分を大切にすることだけでなく、他者を他者(別の存在)として正しく尊敬することもスタートできるはずです(なんなら、自分に対してその種の尊敬が無い他人とは、おさらばすべきだとも言えます)。
「田舎者」さん、どうかしら。「おっ!やってみよう!」と、少しでも思ってくれたかな。
ちなみにここで今書いたのは、どれもあなたに自他境界(バウンダリー)を意識してもらうためのポイントなのよ。
■「自分がおかしくなった?」友だちとソリが合わずギスギス…価値観と関係性の変化に戸惑い【お悩み#100】
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