2026.02.27
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あたし自身は、今思えば初恋がディズニー作品『アラジン』の主人公、アラジンその人だったりして。
小さいころから、フェミニンな所作がしっくりきていたし、男性に惹かれる想いがこころのどこかにあったりするなど、自分が「周りの人となんか違う」とはずっと思っていました。
小中高から大学まで紆余曲折がありながらも、大学院生のときに「そうか、ゲイだよな、僕」と、気づくというよりはようやく自らを認め、受け止めるに至ったのですが。
その過程では「モモンガもんきち」さんのように、同性相手に「ああ、あの子に思わず抱きついちゃったなぁ。気持ち悪いと思われていないだろうか…」と心配し、同時に「この気持ち、なんなんだろう」とモヤモヤした経験もあったし。
「ゆーふぉにあむ」さんが話題に出しているAさんよろしく、「男が好きなんだよね?」と聞かれても「いやそうじゃなくって」(本音のところは、ずっとそうだったんだけれどね)と否定し続ける日々を送っていたこともあったりしたのよね。
当然、自分のことを「ゲイ」だとは、まったく名乗っていなかったの。
振り返ってみれば、そうやって迷って悩んでってジタバタしていた昔の時間もひっくるめて、自分はずっと「ゲイ」だったんだよなぁと今は思っているし、それで納得しているんだけれど。
この「ゲイ」という単語を自分を指す言葉だとみなし、安心して使えるようになったのは、現在働いているお店をはじめとするLGBTQコミュニティとようやく出会えてから。
他者から向けられる差別的な目線にも、自分の潜在意識の中にあった「ゲイって悪いことかも」って感覚にも、しっかりと抵抗していける地盤ができてからなんです。
ちなみに、そもそも日本で男性同性愛者を指して「ゲイ」という言葉が当たり前に使われるようになったのも、ここ30年でやっとの話。
あたしの子どものころは「ホモ」という単語(この語、昭和には非道にも病名扱いされていた歴史まであります)が支配的で、身の回りにしっくりくる表現が他になかったので、「ゲイ」というポジティブな表現(英単語"gay"は「楽しげで明るい」という形容詞としてかつて使われていました)にたどり着くまで、ひとりの当事者としてはしばらくかかりました。
「ゲイ」よりもいまだにその存在の可視化が進んでいない、「レズビアン」や「トランスジェンダー」、「バイセクシャル」などの言葉については、あたしの経験と似たような現状が依然あるようにも思います(これらの「ホモ」的な表現としては、「レズ」「おかま」「ニューハーフ」「おなべ」「両刀」などが、現在でも不適切な仕方で使われることがあります)。
どうかしら、「モモンガもんきち」さん、「ゆーふぉにあむ」さん。
ここまで、どんな風に感じたかな?
願わくば、あたしというたったひとりの当事者の事情を覗いてみた場合ですら、「ゲイ」という決め手というか、自分なりの一定の答え/名前に辿り着くために、一筋縄ではいかない道筋を経ているということ。少しでも伝わっていると嬉しいです。
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