2026.01.28
深める
全国大会や国際大会に出場したことがあるというのは、本当にすごいことです。
そのレベルの大舞台に立てるほどの実力を培うには、修行とでも言うべき訓練と、自己管理が必要になるでしょう。
それらをやり遂げ、結果をこれまで出してきたというのは、種目は別ですが競技スポーツにいそしんでいた人間として、素直に尊敬と言うより他ありません。
そしてなにより。
量も質も桁違いの練習をこなし、勝負に勝ち続けていくためには、強い精神力をみずから育て、しっかり自分のものとすることが必要となるはず。
あなたはきっとそれに成功してきた人ね。
「プレッシャーにつぶされることなくフィールドに立ち続けてこれました」という言葉が、それを物語っているもの。
どんな局面でも折れることなく前を向き、壁を越えていくこと。
これって並大抵の人にできることではありません。
何より、自分自身を限界まで磨きあげ、ギリギリまでその実力を高めるというのは、おのれの輪郭を知り、その最善のあり方を見定めていくことにつながります。
そもそも「何事かに精魂尽き果てるまで取り組んだことがある。本気で生きたことがある」という経験値自体、何者にも代え難い宝。
だってその後何をするにせよ、「まだできる。自分は自分の底を知っている」と、心の幅を見定めながら事に当たることができるんだもの。
体育会系という文化の育ててきた「強い精神」には、そういった意味ですばらしいところがたくさんあるなと、あたしは思っています。
(近頃「体育会系」という言葉は、あまりいい意味では使われていませんよね。強引な根性論とか強制的な仲間意識とかを、どうやらイメージさせるらしく。でも、ここで書いたようなポジティブな側面もあるんだよと、個人的には言いたいときもあるんだよなぁ)
そんな「強い精神」をこれまでずっと育み、維持してきたのであろう「限界社会人」さんの立場からすれば。
なるほど転職というのは「戦わずに逃げる」ことと映ってしまうのね。
そうかぁ。そうなると、自分から選びたい方向性とは、大きく異なるものになってしまうのかしらね。難しいなぁ。
体育会系の世界は、実質戦いの世界です。
勝つか負けるかが大切なわけで、そうなると逃げることはもってのほか。ここのところは、とてもマッチョで頑強。
そういう価値観を旨として、これまで自分の人生を歩んできた相談者さんに、単に「逃げなさい!」と言っても違うよなぁと、あたしとしてはどう言葉をかけるべきか、非常に迷っているところです。
■「自分がおかしくなった?」友だちとソリが合わずギスギス…価値観と関係性の変化に戸惑い【お悩み#100】
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