2025.07.29
深めるRYOMAさんもふくめて、当事者から話を聞くたびに「深刻だし、他人事ではないよなぁ」と思うのですが。
バイセクシュアルの人たちは、冒頭で言ったような「第一」「二の次」で言う、二の次のほうに押し込められてしまうという(あるいは、みずから生き残るためにそう振る舞ってしまうような)事態を、LGBTQのコミュニティ外部だけでなく、まさかのその只中でも少なからず経験しているように思います。
悲しいことに世の中の大半の人は、男だと見れば「ああ女が好きなんだ」と、あるいは、女だと見れば「恋愛対象は男性なのね」と、向こうの気持ちを聞くこともあまりなく、相手を異性愛者として勝手に扱いがちです。
なんなら、目の前の相手がLGBTQだと知ったとしても、この「勝手に扱いがち」な傾向は残っているときがあります。
(例えば、店で「男好きなんて勿体無い!」と言われたりすることがあるのですが、その際、ああこのお客さんはあくまで「男は女にモテるのが一番いい」と一方的に考えていたりするんだろうなぁ、とあたしは感じたりします。相手が「男を(も)好きである」という可能性を、勝手に消しているわけです)
そうやって、あたしは自分がゲイであることを「二の次」にされることで、社会の構造には異性愛という強固な軸が通っているのだと、定期的に思い知らされているのですが。
これさ、実はゲイの世界にも似たような軸があったりするのよね。
「ゲイは『男が好きな男』なんだから、格好も性格も男らしくてなんぼ」(この価値観のせいで、女装だとバレると相手が途端に冷たくなるなんて経験、ザラにあります)とか、「ゲイなんだから男好きな自分の諸々を、カジュアルに友だちと飲み屋で話せてなんぼ」とか。
なんなら「ゲイが好きになるのはもっぱらゲイであるべき(異性愛者に恋するなんて悪手だし、ましてや女性に恋する可能性なんて無い)」って価値観を、しっかり持っている人も少なくないコミュニティだったりして(デビュー当初、いろんな人からこれ言われたなぁ)。
そんな「ゲイファースト」な環境では、女性にもときめきを抱くことのあるバイセクシュアル男性の存在は、二の次どころか不可視化されてしまうわけです。
もしかしたら自分もそんな「ゲイ第一主義」的なものに、無意識的に加担してきたところがあるんじゃないかなぁと、RYOMAさんのお手紙から我が身を振り返って、あたしは今回個人的に反省させられました。
RYOMAさん、きっとこれまで、大変だったよね。
彼女といてもゲイ友といても、どこかその身の一部を隠れ蓑で覆わなければならなかっただろうし。
しかも、そうやって自分を隠すことを、暗に強いられていたわけですから。
あなたのこころは今少しでも健やかにいてくれているのかしらと、そうその身をあたしは案じずにはいられません。
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