北海道らしいアウトドアレジャーといえば、カヌー。全道各地の湖沼や河川の近くには個性的なカヌーガイドが暮らしていて、それぞれに趣向を凝らしたプログラムで私たちを案内してくれる。こうしたツアーに何度か参加しているうち、むくむくと湧き上がってくるのは、「自分でカヌーを所有したい」という思い。ガイドを職業にしたいわけではない。今の住まいや仕事を変えることなく、週末の休みに気が向けばカヌーで漕ぎ出す、そんな暮らしができないだろうか。
それが、できるのだ。
正確に言えば、「それ」をしやすい環境が、ここ北海道には整っている。長く北海道に暮らしているアウトドア好きの人たちにとっては常識かもしれないが、気が向いたらいつでもカヌーで漕ぎ出せる環境は、改めて考えてみるとやはり相当恵まれていると言えるだろう。 では、ガイドに案内してもらうツアーから、気ままに漕ぎ出す休日へと一歩踏み出そうとするとき、いったいどんな準備が必要なのか。教えてくれたのは、秀岳荘白石店のカヌーコーナーを担当する竹内豊さん。秀岳荘は札幌に2店舗、旭川に1店舗を構える老舗アウトドアショップ。カヌーの品揃えは道内随一だ。
「一般的にカヌーと呼ばれているものは大体、『カナディアン』と『カヤック』の2種類に分けられます」。天井付近にまでずらりと陳列されたカヌーを指さしながら、竹内さんが教えてくれる。ここでは50艘ほどのカヌーを取り扱っている。竹内さん自身も学生時代にカヌーの魅力にはまり、北海道各地の川をカヌーで下る旅をしていたという。「天塩川を、士別から河口の天塩まで。川岸にテントを張ってキャンプをしながら、旅をするんです。北海道では30年ほど前にこうした『カヌー旅』が流行した時期があったのですが、今は少なくなっています」。カヌーに求める役割が変われば、選ばれるカヌーの種類も変わってくる。最近の傾向としては、ファミリー客が湖畔でのキャンプの際に楽しむ、より気軽なカヌーへの需要が高まっているらしい。「僕は今、釣りのためにカヤックを使っています。先日も積丹へロックフィッシングに行ってきました」。
竹内さんによれば、穏やかな湖で子どもたちを乗せて楽しむ場合には、空気を入れて膨らませるタイプのインフレータブルカヤックがおすすめ。幅が広いため操作性やスピード感はやや劣るものの、価格が安く、3人乗り用などバリエーションが豊富なのもありがたい。一方、「休日に、思い立ったら気ままに川へ漕ぎ出したい」という当初の願望に沿う艇を尋ねてみると、ファルトボートとの答。操作性が良く風にも強いため、川下りにも海での釣りにも使える。骨組みをテントのように組み上げ、本体となるシートをかぶせたら、両サイドのエアチューブに空気を入れて、艇全体に張りを与える。そのおかげで傾いても転覆しづらいのだそう。折り畳むと大型の専用バッグに収まるので、マンション住まいの人や自家用車が小型の人でも置き場所や持ち運びに困ることがない。
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秀岳荘では5月から8月頃まで、千歳市内の支笏湖で試乗イベントを開催している。15種類ほどのカヌーやSUP(立ち乗りのカヌー)が用意され、参加者は乗り心地を実際に体験することができる。「同じ分類のカヌーでも、乗り心地はそれぞれ異なります。北海道にはガイドツアーはたくさんありますが、購入するために乗り比べる機会はほとんどないので、遠方から足を運んでくださる方も多いですよ」。試乗会のほか、漕ぎ方や転覆時のレスキューを学ぶ安全講習も実施している。
秀岳荘がこうしたイベントに力を入れる理由のひとつには、正しい知識を身に付け、安全にアウトドアを楽しんでもらいたいという切実な思いがある。たとえば、水中では空気中の25倍の早さで体温が失われるということは、あまり知られていない。本格的なアウトドアシーズンを迎える6月の北海道でも、湖の水温はまだ10度以下。もし転覆した場合、30から60分程度で低体温により意識を失ってしまうという。カヌーの操縦には特別な資格は必要なく、誰もが気軽に楽しめるからこそ、隣り合う危険に対する基礎知識は重要だ。初めは経験者が同行するのが理想的だが、そうではない場合、安全講習をしっかりと受けてからカヌーデビューを果たしたい。
その上で竹内さんは、「支笏湖や洞爺湖、千歳川や美々川など、道央圏から日帰りで行けるカヌースポットは結構ありますよ」と教えてくれる。川や海、湖にカヌーを浮かべるのは、基本的に自由(国定公園や調査区域、漁港は立ち入り禁止の場合があるので、必ず事前に情報収集を)。中でも苫小牧市のウトナイ湖へ繋がる美々川は、市を挙げてカヌーガイドラインの整備を行っており、川のいくつかのポイントに公共のカヌーポートが整備されているため、ビギナーにとって特に挑戦しやすい川だ。ここで「休日の気ままなカヌー」を楽しんでいるのが、地方公務員として勤める山口晋平さん。2人乗りのファルトボートを所有し、15年以上趣味で川下りをしているというので、ある休日に同行させてもらうことに。
この日は新千歳空港にほど近い松美々橋カヌーポートからスタート。目的地は約4キロほど下った、第二美々橋カヌーポート。第二美々橋カヌーポートのそばにはバーベキューハウスがあるため、カヌーで下って、昼食に焼き肉を食べるというのが定番らしい。雑談を楽しんでいるうちにあっという間に組み上がったカヌーを川へ浮かべて、さっそく漕ぎ出す。空港に近く、幹線道路と並行して流れる川のはずなのに、たちまち視界はジャングルのような世界に。川面に限りなく近い目線から見えるのは、生い茂る草木。たまに上空を飛行機が通り過ぎることを除けば、ここが市街地のほど近くに位置しているとは思えない。川幅は、細くなったり太くなったり。大きく蛇行したかと思えば、葦のような植物に行く手を阻まれたりも。道のりは実にバラエティに富んでいる。途中、紅鮭を捕獲するウライの近くで白鳥にも出合った。都市の身近に、こんなに豊かな自然が残されていたなんて。
パドル1本で行先をコントロールするのは容易ではないものの、流れは非常に穏やか。確かに初心者にも易しい川と言えそうだ。「さらに下流のカヌーポートの間はもっと流れが緩やかだから、遡って遊ぶこともできますよ」と、山口さん。第二美々橋カヌーポートの付近では、SUPで行き来する人たちの姿もあった。
空の色がきれいに映り込むほど穏やかな川面。水草が伸びている時季だったので、やや進みにくい箇所も。優雅に泳ぐ白鳥の姿に心癒やされたり、定期的に頭上を飛んでいく飛行機にひととき「市街地」を思い出してみたり。
朝起きて晴天を確認してから家を出て、午前中の間だけでも充分楽しめてしまう、気軽で身軽なカヌー体験。車のトランクにすっぽり収まるだけの荷物で、意外なほどすぐそばにあった豊かな自然に触れられる。さらに経験を積めば、天塩川や釧路川などの「聖地」までだって足を伸ばすことができる。カヌーはやっぱり、北海道の恵まれた環境を満喫するのにピッタリの趣味だった。
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