2024.10.13
深める2021年11月19日。きみちゃんの30週目の妊婦健診です。
きみちゃんは、自宅がある千歳市から1時間ほどかけて、札幌医科大学附属病院の産婦人科に通院していました。
パートナーのちかさんは、なるべく健診に付き添うようにしていますが、この日は仕事。自分を「人見知り」だというきみちゃんは、最初はわたしとほとんど話さず、目線もあまり合わせません。
産婦人科の待合室は婦人科と背中合わせで、その場にいるのは、ほとんどが女性。男性の姿は、数人の医師と、妊婦に付き添うパートナーを数人、たまに見かける程度でした。きみちゃんはのちのインタビューで、「女性だけの科だから、視線が気になった」と話していました。
健診では主に、尿検査、血圧測定、エコー検査、医師の問診という流れで行われました。きみちゃんがふだん、男性用トイレを使用しているのを聞いていた病院は、尿検査では男性用トイレに案内していました。
「だいたい1500グラムくらい、平均よりは小さいところですね」担当は、新開翔太(しんかい・しょうた)医師。30代で、穏やかな語り口が印象的でした。
問診中のきみちゃんは、説明にうなずくものの、ほとんど新開医師と目線は合わさず、結婚指輪を右手の指でなぞるようにさわっていました。
新開医師が「ちょっと元気ないように見えるけど、大丈夫?」と気遣うと、きみちゃんはかすかに聞こえる程度の声で、「…はい」と返事をしました。
この日は医師の診察のあと、病棟を担当する助産師と、別室で面談が行われました。この病院では、トランスジェンダー当事者の妊娠・出産を担当するのは初めて。病院側も、こころは男性であるきみちゃんのニーズを、真剣に汲み取ろうとしていました。
「からだの変化はどう受け止めている?」
「相談できる人はいるの?(当事者の仲間で)妊娠とか出産とか経験している人はいるのかな」
「こういうワードを言われたら嫌だとか、こういう対応が嫌だとかもないかな…?」
助産師はうつむき加減のきみちゃんの表情を確かめながら、そして言葉を待ちながら、ゆっくりと質問していきます。
「下から産むのはどう?抵抗感とかは…ないわけではない?」
助産師のこの質問に、きみちゃんはしばらく沈黙し、涙を拭うような仕草で顔をこすりながら、答えました。