ドキュメンタリー映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」が2023年12月9日(土)からポレポレ東中野(東京)やシアターキノ(札幌)を皮切りに全国で公開され、満席回が続くなど好調なスタートをきった。
本作は2019年7月に札幌で参議院選挙の応援演説にきた安倍晋三首相(当時・以下略)にヤジを飛ばすなどした男女が警察に排除され、表現の自由を奪われたとして裁判で争う過程を約4年にわたって取材したものだ。
映画の主な登場人物のひとりに桃井希生さん(28)がいる。桃井さんは安倍首相に向かって「増税反対」と声を上げた瞬間に警察官によって排除されただけでなく、その後1時間も執拗に付きまとわれた。映画は桃井さんの闘いに密着するだけでなく、小さいころから吃音に悩みながらも「生きづらい世の中は変えられる」と気が付き、成長する姿も描く。桃井さんの飾らない人柄と葛藤する生き方に、映画を試写した若者や女性に共感が広がっている。
東京都多摩市で生まれ育った桃井希生さん。吃音を発症したのは、小学校高学年のころだった。
「小学校5年か6年のとき吃音が出ました。ある日、友達のお母さんと電話していたとき、“あれ?”みたいな感じで突然しゃべれなくなった。国語の時間の音読とか結構つらかったです。傷つくこともあって、私がこういうふうに生まれてしまったのが悪いのかって思うこともありました」
中学は進学校だったが、電車に乗ろうとすると身体に拒否反応が出て、途中下車して駅で時間をつぶしていたという。
「中学校では、悪意は全然ないんですけど、友達が『あいうえおと言ってみてよ』と言ってきて、“か行”と“た行”が苦手だったんで『あいうえお』と言うと『言えるじゃん』みたいな」
必死に勉強し、北海道大学に合格した。だが、「自分が何をしたいかわからない」と目標を失う。吃音や人間関係に悩み、生きづらさを抱えていた。
「それまでずっといろいろ無理していたのがはじけた。コミュニケーションとかで結構失敗することが多くて、もうなんか、全然人とうまく関われないし、泣いて暮らすみたいな感じで」
休学して戻った東京で出会ったのが、ドキュメンタリー映画だった。
映画を観た感想を書き留めたノートには、熱い思いがびっしりと書き連ねられている。
「映画を観て衝撃を受けました。自分が社会のことを全然知らないなっていうのが映画で分かりました。(米軍のヘリパッド建設をめぐって)沖縄の高江で闘っている人を暴力的なやりかたで排除しているんだと。すごいガーンっていう感じですね。私はのんきに映画を観ていていいんだろうかと思いました」
ドキュメンタリー映画で社会問題に関心をもった桃井さんは、20歳のとき、脳性まひ者の団体「青い芝の会」のリーダー横塚晃一氏が記した本『母よ!殺すな』(1975年)を手にする。バリアフリーという言葉すら知られていなかった1970年代、車いす利用者を乗車拒否した路線バスに乗り込み抗議するなど社会運動を展開したことを知る。
「こんなに重い障害がある人たちが、生きる権利を主張しているというのに衝撃を受けました。社会を変えてきた人たちがいるんだということを知ってすごい元気になりました。“この社会生きづらいな”で終わらなかった。“生きづらいけど変えられるね”ということを、今もそうだし過去にやってきた人がいるということに感動した」
北海道大学に復学した桃井さん。4年生のとき、人生を大きく変える出来事にあう。