2022.05.27
深める2021年11月。おなかの中で動く小さな心臓が、はっきりと画面に映っていました。
赤ちゃんは元気に育っているけれど、その鼓動を感じるきみちゃんの表情は、少しかたいまま。
きみちゃんは、からだは女性、こころは男性のトランスジェンダーです。去年6月、3歳年上のちかさんと結婚しました。ちかさんは、からだは男性、こころは男性ですが、日によって女性寄りの日もあって、好きになるのは男性だけ。
2人は、「こころが男性どうし」のふうふです。
連載「忘れないよ、ありがとう」では、ちかさんときみちゃん、そしてきみちゃんのおなかに宿った羅希ちゃんの姿を通して、性別によって変わらない、人の心について考えてきました。今回は、6回にわたりお伝えしてきたこれまでの内容を振り返りながら、「自分らしい生き方」について考え直します。
現在、日本では、同性どうしで結婚することはできません。しかし2人は、戸籍上は「男性」と「女性」であるため、法律上の「結婚」をすることができました。
きみちゃんは、ちかさんと交際するまで、性別適合手術を受けようと考えていました。しかし、ちかさんと話し合った上で、結婚して子どもを産み育てたい、そのためにからだと戸籍を女性のままにしようと、決意しました。こころの性別に従った「自分らしい」生き方との間で、葛藤しながら出した結論です。
そうして授かった、新しい命。羅希(らき)と名付けることに決めました。「希望にあふれた子に育ち、人を希望に導けるようになってほしい」という想いを込めて、羅針盤の「羅」と希望の「希」を組み合わせました。
しかし、「妊娠・出産」は、こころが男性のきみちゃんにとって、望んだことではありながら、自分のからだが「女性」である現実を突きつけられる体験でもありました。
医師の診察では、常に暗い表情だったきみちゃん。病院はそのこころに寄り添いたいと、別室で助産師との面談をしました。
「からだの変化はどう受け止めている?」
助産師はうつむき加減のきみちゃんの表情を確かめながら、そして言葉を待ちながら、ゆっくりと質問していきます。
「下から産むのはどう?抵抗感とかは…ないわけではない?」
きみちゃんはしばらく沈黙し、涙を拭うような仕草で顔をこすりながら、こう答えました。
「…(抵抗感が)無いっていうか…想像がつかない…」
ずっと抱えていた本音を、記者の目を見てしっかりと話してくれたのは、取材を始めて半年ほどになるときでした。
子どもが大好きで自分の子どもがほしいと思ったけれど、女性のからだを使って妊娠することに葛藤があったこと。
妊娠して産むと決めたけれど、変わっていくからだに自分が耐えられるか、不安で押しつぶされそうになったこと。
きみちゃんとちかさんは、葛藤する姿も、そして新婚生活でのとろけるような笑顔も、カメラの前で見せてくれました。「僕たちの生き方を伝えることで、ひとりでも多くの人が生きやすい環境をつくることにつながっていけばいい」と、話していました。
それは、覚悟のいることです。インターネットで投げつけられた言葉に傷つけられたのは、一度や二度ではありません。
「妊娠して子宮があるなら女だ」
「どういうことかわからない、気持ちが悪い」…。
きみちゃんは、涙をこぼしながら話しました。
「世間から、父親と母親っていう概念がどうとか、子どもがいじめられるとか、子どもがかわいそうって言われていた。そんなことない、そんなことさせない、そうじゃないっていうところを、ちかさんと見せていきたいと思っていた」
2人と羅希ちゃんを見つめる連載を通して、当たり前のように社会にある制度や考え方が「壁」になっている現実を知りました。「結婚」という制度の“息苦しさ”、出産のためにほかの妊婦より余計にかかる“追加費用”、世間の目…。
しかし、羅希ちゃんとの対面の日までの2人を見ていると、心があたたまる瞬間も、たくさんありました。
ちかさんのお母さん・みゆきさん。持ってきてくれたアルバムをめくりながら、「小さいときは目に入れても痛くない成長ぶりでした」と話す顔は、自然とほころんでいました。
「息子が好きになるのは男性だ」と感じたのは、ちかさんが小学校高学年くらいのとき。頻繁に家に遊びに行く同級生の男の子を「大好きだ」と言っていて、「男友達としてだけじゃなくて違う目線で見ているかなと感じた。なんか真剣さが違っていた」と振り返ります。
みゆきさんは、「まわりの男の子と違う」と気にするのではなく、ちかさんの個性を丸ごと自然に受け止めていました。
「大切な自分の息子、…の幸せ、信頼もしているし」
「息子は男性が好き」と思っていたら、生涯のパートナーに選んだきみちゃんは、「こころは男性、からだは女性」であったことも、「びっくりもしなかった」 といいます。今は3人で買い物に出かけるほど仲がよく、「2人のうれしそうな姿を見ていると、一緒にうれしくなる」 と笑顔で話していました。
「1人の人間として信頼し合って恋が芽生えて、そういう形になったって、ただそれだけのことじゃないかと」
みゆきさんだけではありません。ふうふの出会いの場であるバー「7丁目のパウダールーム」のママ・満島てる子さんに、店のスタッフ、常連客…。ふうふの幸せを願い、2人の間に羅希ちゃんが宿ったことを、純粋に祝福する人たちも、多くいました。
そんなふうふを応援する人たちの存在は、羅希ちゃんを迎える3人家族のこれからを照らす「希望」のようで、そんな人たちに支えられた3人は、社会の壁を打ち壊す「希望」となるように感じました。
「性」という漢字は「心」の字形から転じた偏と、「生」というつくりでできています。「生まれながらの心」という意味です。
しかし、自分の心に従い、自分らしく生きていくことが、難しい人たちがいます。
きみちゃんとちかさんについてお伝えしたHBCのニュースや、Sitakkeの連載「忘れないよ、ありがとう」は、大きな反響をいただきました。ありがとうございます。
みなさまからの反響を受け、今回、さらにほかの当事者にも取材を重ね、特別番組を放送することにしました。5月28日(土)午後1時半からHBCで放送の「心の生 ~性別は誰が決めるか~」 です。
こころの性別に従って「自分らしく」生きるため、からだを変える手術を決断した人。
実生活は妻と息子と暮らす「お父さん」なのに、からだの性別が女性だからと、法律上は「家族」であることが認められない矛盾を訴えてきた人…。
当事者の姿はもちろんですが、その周囲の人たちの姿にも、自分らしい生き方を実現するために、大切なものが詰まっていました。
性別って、なんでしょうか。自分の性別や、周囲の人の性別に、どう向き合ったらいいのでしょうか。TV番組とSitakkeの連載を通して、一緒に考えてみませんか。
連載:「忘れないよ、ありがとう」
文:HBC報道部・泉優紀子、Sitakke編集部IKU
■こころが男性どうしのふうふと、新しい命を見つめた連載「忘れないよ、ありがとう」