北海道教育大学の3年生でグラフィックデザイナーとしても活動する伊藤碧(あおい)さんは、まだ出会ったことのない「自分自身を表現できる媒体と手法」をずっと探し続けていた。卒業後は、いまのところ映像関係のクリエイター志望。社会に出る日は刻一刻と迫っており、内心焦っていた。しかし今年2月、ようやく夢中になれるものに出会った。それが『リキッドライティング』(以降 リキッドライト)と呼ばれる表現方法だ。
これは1960年代後半のアメリカ西海岸で派生したサイケデリックカルチャーを背景に生まれた芸術で、ガラスの皿にオイルとインクを混ぜ、光の強いプロジェクターで投射することで色彩豊かで動きのある照明を生み出すというもの。主にライブの演出に用いられ、当時プログレッシブロックの王として君臨したバンドであるピンク・フロイドがライブ演出に導入したことで、その存在が一気に広がった。もし40代から上の世代でイメージが湧かない場合は『ウルトラマン』のオープニングを思い出してもらえるとわかりやすい。油の表面のような模様がゆっくり回転して「ウルトラQ」という文字ができあがる、あまりに有名なあの映像はリキッドライトの手法を取り入れたものだ。
決して新しくはない、むしろ古くてアナログなアート表現に魅せられたデジタルネイティブの伊藤さんは、SNSを通じて繋がった助川貞義、ハラタアツシといった日本国内におけるリキッドライトの第一人者たちと知り合い、その導きでサカナクションのリキッドライト演出を担当する札幌在住のクリエイター・かとうたつひこに出会う。彼の技術を間近で見て衝撃を受けた伊藤さんは、すぐさま道具一式を揃えてこの世界に没入していく。
「リキッドライトは一度つくり出した模様や動きは二度と再現できない。その一過性にすごく惹かれました。かとうさんから『一緒にやろう』と声をかけてもらって、初めてお客さんの前でパフォーマンスをしたのが今年4月にあった札幌のイベントで。楽曲の曲調やリズムに合わせて演出する難しさを感じたと同時に、あまりの面白さにアドレナリンが出て“もっとやりたい”と思いました」
リキッドライトに必要な素材は、OHP(オーバーヘッドプロジェクター)と呼ばれる機材と、ガラス製の器と液体。器は表現したい模様や動きによって変え、液体は鉱油、食用油、洗剤などに水性インクや絵の具を混ぜる。「例えば2時間のライブで演出をする場合、出し惜しみできないので食用油なら大ボトル1本はすぐになくなるし、5本セット3000円の水性インクもドバドバ使うのですぐになくなる。実は結構コスパが悪いアートなんです(笑)」
テクノロジーが進化し、それまで人間がしてきた仕事や表現活動が、人間じゃなくてもできることになっていく昨今。伊藤さんは、このリキッドライトを「人間じゃなければ生み出せないライブパフォーマンス」と位置づけ、それこそが自分自身を表現できる媒体として、さらにこの世界の深部へと潜り込むつもりだ。
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