2024.10.17
深めるちかさんが店を卒業すると店長に報告したのは、年末年始の頃でした。
ちかさんは、「子どもの成長の一瞬はとても大切だし、少しでも多く関わりたいという思いもあって、きみちゃんに任せきりだったところも多いから」と、引き締まった顔で卒業の理由を語ってくれました。
ちかさんときみちゃんは千歳に住んでいて、店があるすすきのとは車や電車で1時間ほどの距離があります。ちかさんは、この店のスタッフの他にも、別の仕事もして忙しい日々を送っていて、子育てをきみちゃんに任せきりになっていたといいます。
店長のてる子さんは、6年前、店に勤め始めたばかりの頃は引っ込み思案なちかさんが、メイクを通して自分なりの「楽しませ方」を身に着けていったと、懐かしく振り返ります。
「このメイクのおかげでいろんな人に知ってもらって、たくさんの人に愛してもらったなって、店長としてすごく感じる」
店長のてる子さんにとって、店のスタッフは一生子どものような存在です。
「私もみぃくんの『おばあちゃん』と思っているから、いつでも孫の顔も見せに来て……って、なんか姑みたいね」
ちかさんは4年前、「この店はどんな場所ですか」というわたしの質問に、「自分の本来の居場所だと思っている」と答えていました。その場所を離れることに不安はないのか尋ねると、ゆっくりと噛みしめるように答えました。
「寂しさはあるけど、この店がある限りまったく無関係になるわけじゃない。この場所のおかげで、いまの自分も家族もあるから」
午後7時をむかえ、いよいよちかさんにとって最後の営業時間が始まりました。魔ァ子さんの「開けます、おねがいします」という掛け声と同時に、1組目のお客さんが来ました。
数年来の常連客たちからは、「ちかちゃんに氷入れてもらうのも、最後だな…」と寂しそうな声が漏れ出します。
店のスタッフ全員とお客さんによる、ちかさん最後の乾杯です。
「ちかちゃん卒業おめでとう!かんぱーい!!!」
てる子さんの掛け声とともに、グラスを合わせる音が大きく響きました。
お客さんとの会話も盛り上がってきたころ、てる子さんが店の奥から花束を持ってきました。魔ァ子さんから手渡されます。
仲間からのサプライズに、ちかさんは感激したような表情を浮かべました。
てる子さんが選んだ紫の花には、「思いや気持ちを言葉で伝える」という意味があるそうです。
「言葉で伝えるのが苦手なちかちゃん、自分の思いを伝えるのが苦手なあなただけど、きみちゃんといいコミュニケーションを続けていい家庭を築いてください、私たちも応援しています!」
てる子さんに続き、店全体も拍手に包まれました。