2022.11.03

深める

札幌在住の作家が、11年間黒板に絵を描き続けて見つけたこと。

2021年3月。教室の黒板に、とびきりの笑顔がいっぱい!

描かれているのは、この日、卒業を迎えた奈井江中学校46人の学生達。
チョークを使った、優しいタッチで描かれています。

保護者有志から子どもたちへ贈られた、中学校生活最後のサプライズ。
それは、思い出がたくさんつまった黒板を活用した“アート”でした。

作品を手掛けたのは、札幌市在住の渡邉花絵さん。
”チョークアーティスト”のHanae(はなえ)として、札幌を拠点に全国で活動をしています。

「あたたかみを感じる、やさしいタッチ。どんな人が描いているんだろう?」
彼女の作品を初めてみたとき、そう感じた私は、さっそく取材をしてみることにしました。

「クリエイティブな仕事にはつけないと思っていました」

大学時代は、音楽もアートもどちらも学んでみたいという思いから、保育系の学科を専攻していたという渡邉さん。卒業後は、歌謡曲などを教える”歌の先生“のアシスタントとして、音楽に携わる仕事をしていました。広く音楽に触れることのできる、やりがいのある仕事だったものの、生活していくためのお給料が足りず、同じ仕事をし続けることに限界を感じたといいます。

その後、生活費を稼ぐため、携帯ショップへと転職。芸術への憧れはありましたが、約1年間、ショップ店員として忙しい日々を過ごす中で「スキルもないし、いまさらクリエイティブな分野にはいけないだろうな」と感じていたといいます。

そんな渡邉さんに訪れた、最初の転機。それは、たまたま、携帯のキャンペーンの告知をするための「店内ポップ」を作る業務を担当したときのこと。

「本当に、なんてことのない、アートとは程遠いものだったんですけど…。小さい紙に、手描きで文字やイラストを描く作業が、すごく楽しくって」その後、未経験でもモノづくりに携われる仕事はなにか、と考え、市内のお花屋さんに転職をしました。

以前と比べ、プライベートな時間も増えたことで、心にも少し余裕をもつことができた渡邉さん。お花屋さんとして、花束をつくる仕事を楽しみながら、デッサン教室などにも通い、「アート」への繋がりも少しずつ増やしていったといいます。

そんな中、訪れたのが、2つめの転機
それは、たまたま、花屋の店長さんがインターネットで見せてくれたという、一枚の写真でした。
黒板に描かれた、おいしそうなショートケーキの絵に、一目で惹きつけられたという渡邉さん。
「自分もこんな絵を描いてみたい!」そう思った瞬間、“チョークアーティスト”としての彼女の物語が、大きく動きはじめました。

「とにかく夢中だった」アートに没頭した20代

花絵さんの作品

“黒板に描かれた絵”の写真を一目で気に入り「自分もやってみたいと思った」という渡邉さん。一方その頃、道内ではまだ“チョークアーティスト“という活動があまり盛んではなかったことから、黒板を使ったアートを学べる教室などはあまりなかったといいます。

そこで、あきらめた…のではなく、逆に、「北海道で、チョークアーティストとして活躍できるチャンスかも」と思ったという渡邉さん。そこからの彼女は、これまでないほどに大胆で、アートに夢中な日々を過ごしました。

東京で開かれている黒板を使ったアートの講座に参加したり、本屋で教材となる冊子を買い集めたりと、自分なりの解釈を加えて、「とにかく沢山描いてみた」という渡邉さん。主なモチーフとしていたお花のイラストには、それぞれの花の形や色を活かしたベストな組み合わせなど、「思わぬところで、お花屋さんとしての経験も活かされた」といいます。

自身のブログに作品をアップしていた渡邉さん。数年に渡ってブログを更新していく中で、「黒板アートをやってみたい」という、問い合わせの声が増えたこともあり、シェアオフィスでチョークアートの講座をする活動も始めました。

講座活動のほか、『しあわせ色の看板屋さん』という名で起業をし、アーティスト活動を本格的にスタート。「似顔絵を描いてほしい」「お店の看板を描いてほしい」「テレビ番組のスタジオセットを作ってほしい」など、個人や企業からの依頼が続々とあったといいます。「来るものは拒まずにほとんどの仕事を受けた」ことで、多忙な毎日を送っていましたが「とにかく夢中で、楽しい日々だった」んだとか。

最前線で活躍する日々の中で…

花絵さんの作品

チョークアーティストとして、最前線で活躍する日々。メディアの取材なども増える中で、「ちょっとずつ、モヤモヤみたいなものを感じることもあった」といいます。

「単純に、仕事を詰め込み過ぎていたというのもあります。でも、なんだか、“周りの人を楽しませる“ことが一番になってしまって……」

「20代で起業したということもあって、ちょっとチヤホヤされていた部分もあったんです。それもあって、自分がいいと思ったものとか、本来の自分がちょっとよくわからなくなることもありました」と当時を振り返る渡邉さん。

「自分を少し”過剰”に見せていたというか。その頃、ベレー帽をかぶってワンピースを着て、“絵本の中から出てきた少女”のようなイメージで活動していたんです。それが、なんだか少し疲れちゃったんでしょうね」

「初対面のひとに”意外に声低いんですね”とか言われることもあって。30歳になるのに、このままのイメージの自分でいいのかな、って」

コロナ禍の生活で、気づくことができた”いまの自分“がやりたいこと

様々なイベントに”ひっぱりだこ”の毎日を楽しみながらも、モヤモヤを少しずつ感じることもあったという渡邉さん。そんなときに訪れた、次の転機。

それは、新型コロナウイルスの感染拡大。これまでは自身を“イベント屋”と名乗ることもあったほど、多忙だったイベントの仕事が、世の中の変化と共に、一気に激減したのです。

「最初はショックだったけれど…。イベントの数が激減したことで、時間にも余裕ができて、自分と向き合う時間が多くとれるようになった」と、当時を振り返ります。

屋外での業務が減ったことで、黒板を使ったアートの仕事も減り、家にいることも多くなったため、デジタルを使った絵も手掛けるようになったという渡邉さん。

デジタルツールを使って描いた作品

デジタルツールを使って描いた作品

自分が描きたいものを、自宅で自由に描く。そんな日々を重ね、少しずつ、”30代半ばのいまの自分がやりたいこと”が見えてきたと話します。

「もちろんデジタルの絵にはデジタルの良さもあるんですけれど。でも、やっぱり、黒板を使ったアートって、木材のぬくもりを感じるし、手描きならではのあたたかみってあるなぁって。やっぱり、このあたたかみをもっと人に伝えていきたいな、って」

そんな想いが募るなか、数か月ぶりに引き受けた仕事。
それが、冒頭で紹介した、奈井江中学校の卒業式のアートでした。

卒業式当日の3日前から学校に通い、当日まで学生たちに見つかないよう、空き教室で作業に取り組んだという渡邉さん。卒業式への緊張と期待に満ちる校舎の雰囲気を、肌で感じながら仕上げたという、この作品。当日は、この“サプライズ”に喜び、少し照れたようすを見せながらも、喜んで写真を撮っていく学生が多かったといいます。

「遠くから見ると、白一色に見えますが、実は、いろいろな色を入れて、表情を描いているんです」と、渡邉さん。

その日一日で消えてしまう、学校の黒板を使ったアート。それでもきっと、卒業生たちの記憶には、この作品がずっと残り続けるんだろうな。話を聞いて、そんなふうに思った。

渡邉さんのこれからのこと。

取材も終盤にさしかかり、最後に2つの質問をしてみることにした。

まず、黒板を使ったアートの魅力とはなにか、と聞いてみたところ、こんな答えが。

「チョークアートって、自分のそのときの調子が、チョークを通じて、絵にそのまま反映されるんです。デジタルツールや鉛筆とかと違って、そのまま握って描くので。握ったときの強さとか弱さとか、迷いとかも、描いた線としてそのまま出ちゃう。でも、これが魅力なのかなな、って最近は思えるようになりました」

最後に、渡邉さん自身の"これから”についても、質問をしてみました。

「20代の頃は、なんだか、すべてのものごとに、”白黒”をもとめがちだったんです。作品も、自分も、つくりこみ過ぎていたこともあったし…」と、はにかみながら話す、渡邉さん。

「常に正解みたいなものを求めるんじゃなくって、もっと自然体でいいんじゃないかなって、最近は思います。作品を通して伝えたいメッセージとか、だいそれたことはないんです。でも、私の活動を通して、誰かが、ほっとひと息つけるような瞬間を届けられると、いいな」

渡邉さんが描くアートに、わたしが、心惹かれた理由。
取材を通し、その理由が少しわかった気がする。

きっとそれは、30代の”いま”を生きる、同世代の渡邉さんの生き方に惹かれたのだ。
“白でも黒でもない“ 、体温をそのまま感じるような、その柔らかな線に惹かれたのだから。

取材協力:渡邉花絵さん
文・編集:nabe(Sitakke編集部)

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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