2023.02.10

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「寂しい」の声、続々…122年の歴史に感謝。帯広・藤丸の最後の日

帯広・十勝の「お出かけスポット」として、親しまれてきた藤丸。
「特別感」と「地元らしさ」を併せ持つデパートでした。

最終日、ドアの前には開店を待つ人々が集まっていた

1月31日、最後の営業日。

宝石店に30年以上、通っていたという女性客は、「最後のアクセサリー」を、買っていきました。

「ありがとうございましたー、元気でね」

藤丸創業百年史より

1900年、明治33年に、呉服店として創業。
1992年には、売り上げ145億円を記録し、地元の「ナンバーワン企業」だった時代もありました。

「子どもが小さいときから必ず藤丸に来てお食事して、ほとんど洋服は、藤丸以外は買わなかった」という客も。

藤丸の前には、カメラに最後の思い出を残そうと、記念撮影をする人も多くいました。

菓子店は開店から3時間ほどで売り切れに。
釧路から2時間以上かけて来たという人もいました。

ショーケースが空になった菓子店。右はHBC堀内大輝アナウンサー

「来るべき時が来たかなという感じ。寂しくなりますよね」
そう話すのは、「藤丸」の元従業員、長谷川政利(まさとし)さんです。

46年間にわたった勤務では、主に催事担当として、様々なイベントを手がけてきました。
経済成長の中で、マチが急速に発展していく時代でもありました。

長谷川さんは、「エスカレーターが初めて動いた時は、下駄を脱いで上がろうとした人がいた」と振り返ります。

この日、長谷川さんは、「藤丸」にとっての最後の催事、「おめざ感謝祭」の会場を歩きながら、別れを惜しみました。

大勢の客であふれ、かつての賑わいを取り戻したようでした。

長谷川さん「たくさんの人が利用してくれているのを見て、閉店が嘘みたいですよね」

帯広出身・TBSの安住紳一郎アナウンサーも先週、「藤丸」を訪れ、「メッセージ」を託してくれました。

『私たちの心のよりどころが今日なくなります。大事なものだった事に気づかず「ネット通販サイト」で買い物していた自分を責めています。藤丸を守れずして、なにが “試される大地” じゃ!』

安住アナウンサーは、休日を利用して訪れて、思い出を焼き付けて帰ったということで、朝の番組でも「帯広出身のみんなが感謝しています」と話していました。

地元の人で来たことがない人はいないというくらい、愛されてきた藤丸。

最終日、藤丸店内を歩く長谷川さん

新たに事業を受け継ぐ新会社も設立されています。早ければ12月にも再出発をと言われていますが、具体的な見通しは立っているわけではありません。
退職した人の再就職率も、約3割程度にとどまっていて、市内では就職説明会も行われています。

閉店セレモニーで、藤丸の藤本長章社長は、「藤丸の創業122年の歴史は帯広・十勝の歴史そのものでした。心から感謝を申し上げます」と話していました。

文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部IKU

※掲載の内容は放送時(2023年1月31日)の情報に基づきます。最新の情報はHBCニュースでご確認ください

Sitakke編集部

Sitakke編集部やパートナークリエイターによる独自記事をお届け。日常生活のお役立ち情報から、ホッと一息つきたいときのコラム記事など、北海道の女性の暮らしにそっと寄り添う情報をお届けできたらと思っています。

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